魔術と蒼い樹 心はふざけてます
 

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イラストレーター浅葱ヨウコの気まぐれブログ 仕事の報告やどうでも良い話など

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心はふざけてます

影の長さが秋ですね夕方の影が長いですよね…。

さっきツイッター見てたら「聖人君子」を「聖人君主」って書いてる人がいて
これわざとかなぁうっかりしただけかなぁ…とモヤモヤしていた者です。

まったく関係ないんですけど、短大時代をボンヤリ思い出してたら
仲良しの教授が「若いうちは寂しいんです」(そういうもんです的な)
と言っていたことを思い出しました。
前後の話は忘れちゃった。

そうなんですよね…その感覚はあった気がします。
でも今でも寂しいことには変わりないですよ。
なんというか、内容が変わっただけかなぁ。

自分のなかで確定できてない話ですが、若いうちの寂しさは(怖さ とも言ってよいかも)、
『先が見えないことに対する不安』だったのかなぁと思います。
どうなるんだろう?どうしたらいいんだろう?間違ったらどうしよう
いつまで続ければいいんだろう。。という
分からないことだらけに対して、恐れを抱いたりしなかったろうか。
もちろんそれだけじゃなくて、希望とか野望とか根拠のない自信とかあって混沌としているわけですが。

それよりさらに歳をとってから感じる寂しさは、
『先が見えてきてしまったことに対する悲しさ・寂しさ』な気がします。
身近な人を亡くしたり、次世代を育てたりするうちに自分の死をぼんやりではなく
もっとはっきりと自覚して感じるなんともいえないおぼつかなさ。
確実に世界は消える。
自分の死をもって。

この歳になって”終盤にさしかかって覚悟を決めている人”
の側にいる機会がしばらくあり、余計にそんなことを思いました。
終盤の方々は本当の最期を思うわけですが、
我々くらいだと折り返しを自覚するんですよ。(たぶん。他の人のことは知らない。)
で、今まで生きてきた年数とやってきた(やれてきた)ことを思い返して、
この先を考えたり…しませんか?程度・内容微妙に違えどもありますよね?
どうですかね?

今まで生きてきたくらい生きたら終わりがきちゃう。
それまでに何しよう?
結構あっという間だったよなぁ…みたいな。




・・・・・(いろいろ自粛。
続いていく意識をもっている人は、また違うのでしょうな。。(わかんないけど
そうであっても自分は死んでいなくなるわけでして、そこは変わらないんだけどね。
どんな詭弁でも、そこはかわんない。
でも、続いていくものを持たないと虚しいのもほんとだと思います。
それはそれで、寂しさの種類(感じ方)が変わってくるんだと思うんだけど。
逃れることは「できる」けど「できない」はず。
完全にできたとしたら、どっか故障してるんだと思います。
日常的には故障させて気がつかないフリをしてるんだけどね。

せめてお姉さんが結婚して家庭もってくれたらなぁ…って、そういう話じゃないんだけど。。
(これは親に対する済まない気持ちです↑)


(人は結局独り、とかそういう話は今更すぎて話す気にもなりません。
そこは別にもうそんなに寂しいものではないです。。感覚が共有できないとか、そういうことは。
ひとりだけどひとりじゃないし。)



なんか相変わらず陰気そうなことを書いてますけど、心はニュートラルに入ってます。
むしろ安定している状態です、変な心配しないでくださいね。
もともとこういう人なんですもの。
秋の夕方って、どうもこういうことを考えがちになるのです。
たぶんイメージの連想ゲーム。




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  1. 2010/10/10(日) 00:00:00|
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