魔術と蒼い樹 それぞれの立場・ケースバイケース・温故知新
 

魔術と蒼い樹

イラストレーター浅葱ヨウコの気まぐれブログ 仕事の報告やどうでも良い話など

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それぞれの立場・ケースバイケース・温故知新

眠気覚ましの落書き

「あかつき」無事に打ちあがってよかったです。半年かけて金星へ。。
イカロス君がんばって!

さて、本日の思考ダダ漏れ。


電子書籍化についてのいろんな方の意見が目に入ります。
いまのところの私の考えは何度も書いてるのでここには書かないです。
(京極がipad版「死ねばいいのに」出したのが気になるぜ)


色々ある中で、漫画家さん達の意見を読む機会もあって、なるほどね…と思うことも。
漫画も小説も読んでもらってなんぼ。どんな形であっても、手元に形として残る残らない
に関わらず、とにかく読んでもらわなければ意味がない!というのはとても良くわかります。
そうですよね、持ってるけど押入れの奥で眠ってるなんてナンセンス!そのうち売られたりするし。

電子化の話とは違うのですが、最近目にするもので「裁断して…」というのもあるわけですよ。
違うけど近い話かと思ってます

【本を書いた/描いた人】
自分の本が裁断されて電子化され、たまに読まれるのと、
大事に段ボールに入って数年に一度読まれるの、どっちがいいですか?



…この方はこの後、自身の葛藤を書かれてました。
裁断されても読まれるほうを選びたい、でも実際裁断された自分の本をみたら
ショックだった…というような内容。

(「想像力が足りなかった」的な考えを書いてるのを見て、
なんて正直なんだ!と思いました。これは色んなことに当てはまる心の動きですよね。。
頭で分かっているつもりでも、心の底から理解できてるわけではない、ということ。
このことがわかってない人が多いなぁと感じる場面に良く遭遇します、
相手の気持ちを察する能力は衰えてきているのでしょうか。日本人の。

誤解を恐れずに言ってしまいますが、若い人の「考えればわかる」は、分かっていないことが多いです。
これは自分自身の経験からそう思っているのですが。
いまより若かった頃、「予測したり想像したりはできるけど、実際本当のところはわからない…
ということを自分は分かっている」という勘違いをしていた気がします。
そういう考え方を持っているだけで、そのことを心のそこから分かって、
それが悲しくて仕方なかった時代を乗り越えてある意味「仕方ないじゃん」と
思えるようになったのは随分後になってからです。
仕方ないからどうでも良いのではなくて、そういうものだと受け入れてるということです。
そして、そこに至るまでに『痛い思いをしている』ということです。何度も。

どんなに頑張っても、まったく同じ感覚を共有することは不可能です。
できたらキモチワルイですw
でもこれを理解してから、他人を(以前より)許せるようになりました。
同じようにして、私も周りの方から許されているのですから。
これは「謙虚」と言う言葉の意味に含まれる何かだと思います。
(「謙虚」は謙遜とか控えめとか卑屈とか遠慮しがちとか自信がないなど
そういうことじゃありませんからね。
似たような言葉でも、別々に存在してるということはそれぞれに意味があるということ。
言葉遊びかもしれないけど、こまかくニュアンスが違うのは日本人の感性だよなぁと好ましく思います。
どっかの国みたく大味じゃないのよ、おじゃぽんは。)


同じことを他人に求めはしませんが、私はこのことを常に忘れまいと思ってます。
自分以外の人(家族・友人・恋人etc)を本当に大切に思う気持ちと
「わからないのだ、ということを分かっている」だけで、
発言内容や行動が変わってくると思うのですよ…。
「わからない」とうことは「わかってもらうのも無理」ということです。
仕方ないのです。そして相手を変えられるなんて思わないことですね、傲慢ですよ。

相手を思いやる気持ちと、自分は分かっていないという理解があれば、
すれ違うにしても噛み合わないにしても、酷い結末にはならないと思うのだけど…。

…というのを読んで「そんなの分かってんだよ」て思った方、
それが勘違いかもしれませんよ。

とか言ってみましたが、若いうちは尖ってるくらいで丁度良いと思ってますよ。
でもそのまま30代40代とかなると、ぶっちゃけ手遅れだよ。

脱線しました。脱線なげーよ。)


裁断するという行為は、装丁家・デザイナーさん・作家のこだわり・アソビゴコロ…
こういったものを踏みにじる気がしてしまうのですよね。
作り手と買い手でも違うしね。
でも「一番重要なこと」を考えた時、これも仕方なし…と思います。
だから否定する気にはならないのです。悪いことではないよね。
なかなか受け入れがたい部分はありますが。
「豊かさ」とか「大切にするということの意味」などの変化でしょうか。
でもそう考えると、むしろ逆に昔の考え方なんじゃ…と思うのですがどうでしょう?


電子化も…最近良く考えるのが
「残したい」という欲求は遺伝子レベルの命令なんだろうなぁということ。

あの、実際現場で議論されるのは
「現代のニーズに合わせて売れるものを」というお話なのですが、
ココで書くのはそれを飛び越えたもっと先を妄想した戯言です↓


よく人類の最後を妄想する私なのですが(あと地球の最後とか宇宙の果てとか)、
今までの歴史をなんとか残したいという流れになるんじゃないか、
などと思うのですがそうすると全部データで金のディスクやらに書き残すのかなぁとか。
(地球の情報を金のCDに焼いて宇宙に放ったような話ありましたよね?ウロオボエ)

で、紙の本はながーい目でみると残らないわけで、
そうなってくると逆にデータのほうが最後まで残るかもしれず、
云百年後にはいろんなものをデータにして満足する人類、ですかね。
(後日「今のところやっぱり紙が最強説」を何かで目にしました…やっぱり形・実体があるって大きい)
ソレを焼いたディスクは、なんだか本のお墓みたい。

そんなことしても、地球崩壊したら全部消えるんだよ。
でも、地球の記憶は宇宙に残るのでしょうか。
宇宙空間にたゆとう地球の記憶。。


万が一人類最後の一人になってしまったとして、
大切な人の情報を一つだけ渡されるなら…
相手の情報を焼いたディスク一枚くれるより、
その人が使ってた物とか一部を渡してくれるほうが嬉しいナァ。
物には記憶が宿るでしょうし、再生は自分の脳でできる。

記憶ってのも不思議なものですよね。
脳が管理しているけど、「記憶」そのものには形がない。(心しかり)
でも、確かに存在してる。不思議だ。

だから、人が死んでもそこにあった記憶は
どこかしらに残っているのだろうなぁ。。



(またしても、なんでこうなった…的な話でごめんなさいね。)



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  1. 2010/05/22(土) 09:09:47|
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